踊り出す、私の中のわたし『セールス・ガールの考現学』レビュー



‘モンゴル映画’と聞くと、広大な草原とそこに暮らす遊牧民の人々を勝手に想像してしまうのだが、そんなイメージを思いきりひっくり返す映画が登場した。舞台はモンゴルの首都ウランバートル、主人公は女子大生、彼女が働くのはアダルトグッズ・ショップという気になるワードが目白押しだ。

ウランバートルの大学で原子力工学を学ぶサロール(バヤルツェツェグ・バヤルジャルガル)はおっとりした性格の地味な女の子。怪我をした大学の同級生からアルバイトの代理を頼まれるが、アルバイト先はビルの半地下にあるアダルトグッズ・ショップだった。ところ狭しと並ぶ大人のおもちゃの数々やさまざまな客の対応に戸惑うサロールだったが、過激な言動の女性オーナー、カティア(エンフトール・オィドブジャムツ)にも衝撃を受ける。だが、カティアとの交流や濃密なバイト経験を重ねていくうちサロールの心に変化が生まれていく。

サロールは親の意向に従って原子力工学を学ぶおとなしく真面目な、いわゆる良い子だ。絵を描くのが唯一の楽しみで、仲の良い男の子はいるものの他愛ないおしゃべりをするぐらいの関係。そんな彼女が飛び込んでしまったのはアダルトグッズ・ショップという人間の欲望がどろどろに渦巻く場所だ。欲求を満たすため客は大人のおもちゃを買い求め、時にはグッズのデリバリーを頼む人もいる。普段は隠され、タブー視されている ‘性’が当たり前のものとしてやりとりされることにサロールは驚くばかりだった。

そんな自分の店を誇りにしているカティアは高級フラットに一人暮らしをする謎めいた女性だ。初めはエキセントリックなカティアを敬遠していたサロールだけれど、時間を分かち合ううちに二人の間には年齢を超えた不思議な女の友情が芽生える。人生の酸いも甘いも噛み分けたカティアが若いサロールに送るアドバイスは、ハッとさせられる名言ばかりなので聞き逃し注意だ。さまざまな出会いや経験を積み重ね、サロールの表情や服装が生き生きと、色鮮やかに変わっていくさまに心が踊らずにいられない。

監督はモンゴル出身のセンゲドルジ・ジャンチブドルジ。本作では「第17回大阪アジアン映画祭」薬師真珠賞と「第20回ニューヨーク・アジアン・フィルム・フェスティバル」でグランプリに輝いた。サロール役のバヤルツェツェグ・バヤルジャルガルはオーディションで300人の中から選ばれ本作が映画デビュー作にして主演を務めた。カティア役はモンゴルのベテラン俳優で本作で30年ぶりにスクリーン復帰を果たしたエンフトール・オィドブジャムツ。哀愁と愛をたたえる大人の女性を艶やかに演じている。
性を特別視せず、誰にもある自然な感情として淡々とスタイリッシュに描く語り口が作品の懐の深さと優しさを感じさせる。大人へのハードルをキュートに軽やかに飛び越えてみせるヒロインの成長に、心奪われるのは間違いないだろう。

文 小林サク

『セールス・ガールの考現学』
4月28日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー!
(c)2021 Sengedorj Tushee, Nomadia Pictures
配給:ザジフィルムズ

記事が気に入ったらいいね !
最新情報をお届け!

最新情報をTwitter で